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犬の敗血症性心筋症とは? 獣医師向け
ピア動物医療センターでは救急・集中治療の経験が豊富な獣医師が在籍しており、横浜市鶴見区、神奈川区、港北区などを中心に重症患者の治療にあたっています。
敗血症は集中治療の現場で日常的に遭遇する重篤疾患ですが、その合併症としての「敗血症性心筋症(Septic Cardiomyopathy)」は、いまだ見逃されやすく、適切な診断と管理が遅れることで転帰に大きな影響を及ぼすことがあります。今回は、犬における敗血症性心筋症の病態、診断、治療のポイントを、現場の視点から解説します。敗血症性ショックの治療中にPOCUSを活用することで輸液への反応性、心筋障害の程度などが可視化されるので病態を知っていると非常に有用です。
敗血症性心筋症とは
敗血症性心筋症(Septic Cardiomyopathy, Sepsis-induced cardiomyopathy)や敗血症性心筋障害(sepsis-induced myocardial dysfunction)などと表されます。明確な定義こそ存在しないものの、ヒトの医療では敗血症性心筋症(Septic Cardiomyopathy)については以下のような特徴が共通して認められています。
- 急性で可逆的(通常7〜10日以内に回復する)
- 全体的かつ両心室性の心機能障害(収縮機能および/または拡張機能の低下)で、心収縮力が低下している
- 左心室の拡張(拡大)
- 輸液負荷やカテコラミンに対する反応性の低下
- 病因として急性冠症候群が無い
引用:
L’Heureux M, Sternberg M, Brath L, Turlington J, Kashiouris MG. Sepsis-induced cardiomyopathy: a comprehensive review. Curr Cardiol Rep. 2020 May 11;22(5):35. doi: 10.1007/s11886-020-01283-2.
本文の一部を翻訳・引用しています(CC BY 4.0 ライセンスに基づく)。
病態生理と心エコー
敗血症の際のPAMPsやDAMPs、サイトカインの放出やミトコンドリア機能異常 etc…により心筋の機能障害が起きるとされています。
詳細はキリがないので病態生理を知る上では以下の論文を参考にしてください。
Kakihana, Y., Ito, T., Nakahara, M. et al. Sepsis-induced myocardial dysfunction: pathophysiology and management. j intensive care 4, 22 (2016). https://doi.org/10.1186/s40560-016-0148-1
ヒトにおける敗血症性心筋症の主な心エコー所見
左室駆出率(LVEF)の低下
- 一過性の収縮能低下(例:LVEF <50%)
- ただし、血管拡張の影響で心拍出量は保たれていることもある
心室拡張(特に左室拡張)
- 一時的な左室の拡張が見られることが多く、これは予後良好の所見とされることもある
右心機能障害
- 右室の拡大や収縮不全
拡張機能障害
- E/A比やE/e’比の異常 → 左室拡張能の低下
犬における敗血症性心筋症の主な心エコー所見
心エコー検査所見のレビューには犬の敗血症性心筋障害に見られる特徴として以下のものが挙げられています。
- 左室短縮率(FS)や左室駆出率(EF)の低下(重症化した症例ほど、収縮機能の低下が顕著。ただし一部の犬ではEFが保たれている場合もある)
- E波/A波比(E/A比)の低下や、Em(拡張時僧帽弁輪速度)の低下など、拡張能の指標の異常
Naseri A, Akyuz E, Turgut K, Guzelbektes H, Sen I. Sepsis-induced cardiomyopathy in animals: From experimental studies to echocardiography-based clinical research. Can Vet J. 2023 Sep;64(9):871-877. PMID: 37663026; PMCID: PMC10426250.
経験した症例
どのような経過を辿るのか実際の患者を見てみましょう(心エコーがメインなので細かいところは割愛します)
症例
シェルティー5歳 未去勢オス
多中心型リンパ腫ステージ4b
MDR1遺伝子変異なし CHOPで導入し寛解状態だった
ドキソルビシン20mg/m2投与一週間後に状態確認のため来院(第0病日)。その際は軽度好中球減少(2660/μL)、食欲低下があり、皮下補液、メトクロプラミド、マロピタントにて対症治療を行なった。
翌日(第1病日)重度嘔吐、下痢の症状を呈し来院。
身体検査所見
BW: 8.4kg (前日8.9kg)
RR:60
HR 216bpm
Temp: 41.1℃
足背動脈触知不可、大腿動脈触知可能(収縮期血圧80mmHg 平均血圧59mmHg)
可視粘膜white-pink
横臥状態、傾眠
検査
乳酸アシドーシス (pH 7.377, Lactate 7.1mmol/l)
好中球減少
電解質異常(低カリウム血症、低クロール血症)
腎数値上昇、肝数値上昇
診断
敗血症性ショック
治療 その1(来院から1時間以内)
- 酢酸リンゲル液20ml/kg x2
- ノルアドレナリン 0.2mcg/kg/min
- エンロフロキサシン 5mg/kg iv
心エコー検査 その1
頻拍、Kissing ventricleなどから前負荷が不十分であることがわかります。
治療1に対する評価・反応
徐々に頻脈は改善(210→180bpm)、収縮機血圧も100mmHgをキープしており、初期治療には反応したと判断したが、その後再度低血圧となった。
治療 その2
- ノルアドレナリン0.5γに加えバソプレシン(0.02U/min)を投与
- 軽度低血糖があったのでブドウ糖投与
- 乳酸値は改善傾向 3.1mmol/l
バソプレシン投与後から心拍数は140bpm, SAP 114mmHg MAP 86mmHgへと上昇
心エコー その2
明らかに左心室の拡張と収縮性が低下しています。
この時のFSは20%でした。
治療2に対する反応
FSが低下しているので心配になりますが、前負荷に対してしっかりと反応しているので良いでしょう。
治療 その3
ドブタミン 5mcg/kg/min CRI を追加
プレドニゾロン追加
治療3に対する反応
意識レベル改善と血圧の改善が見られ、ドブタミンからピモベンダンへ変更。
自力飲水、自力採食もできるようになったが第4病日になってもFSの改善はなし。
昇圧薬は終了して退院となった。
心エコー(第10病日)
退院後の心臓検査でFS39%と正常化したためピモベンダンの投薬も終了。
まとめ
敗血症性ショックに心筋障害を合併した患者を紹介しました。ドキソルビシン投与後の敗血症ですので、薬剤による急性の心筋毒性も一部関与している可能性があります。同じように抗がん剤治療中に敗血症に至った場合は注意してみてください。
人では心機能低下を合併した敗血症の死亡率は70-90%であり、心機能が正常な敗血症(20%)と比べ非常に高いとされていますので治療をしていく上では悩むことも多いと思いますが、基本的は治療は同じです。
大事なポイントとしては敗血症性心筋症においてはEFが低い患者のほうが比較的生存率が高いとされています。EFが低い=治療に反応して前負荷が増えている。つまりFSが低い=悪いわけではないので焦らないでください。大事なのは、適宜POCUSを行い治療反応を評価して適切な薬剤を使用することです。
当院では以下のようにして敗血症治療を行なっています。(以前研修医の先生用にマニュアル化したものであり、獣医療での明確なコンセンサスはありませんので注意。一応JVECC、Smaii Animal Critical Care Medicine 3rdなどを参考に作成しています)

我々はピモベンダンが馴染み深いですが、ヒトではレボシメンダンという薬剤があります。過去にLeoPARDS Trial (NEJM 2016)という敗血症に対してレボシメンダンが有効なのか調べた研究がありますが、母集団を敗血症性心筋症に絞っていないためなのか有効ではないという結論でした(むしろ上室性不整脈を惹起?)。2021年の敗血症性心筋症に対するレボシメンダン vs ドブタミンのメタアナリシスでは「死亡率の改善には寄与しないが、レボシメンダンはドブタミンと比較して心拍出量指数(CI)と左室一回拍出仕事指数(LVSWI)の改善が有意に大きく、24時間後の血中乳酸値も有意に低下した。」とされています。
Zhou X, Ji W, Li G. Levosimendan versus dobutamine for sepsis-induced cardiac dysfunction: a systematic review and meta-analysis. BMC Anesthesiol. 2021 Oct 13;21(1):257. doi: 10.1186/s12871-021-01455-z
ヒトにおいても推奨されている治療ではありませんが、今回の症例では同系統のピモベンダンを使用しました。
ざっと簡単に書いてみましたが、この記事が敗血症症例で悩まれている方の参考になればと思います。
※以前勉強会で発表した内容を再編集したものです。引用など載せてますが各自自己責任で利用してください。治療の参考にして万が一悪化しても当院は一切責任は負えません。
筆者:ピア動物医療センター 集中治療科 鈴木