犬の股関節脱臼について:原因と治療法のご紹介

はじめに

股関節脱臼は、犬や猫において比較的よく見られる整形外科疾患のひとつです。特に交通事故や落下、激しい運動などがきっかけとなり発生することが多く、強い痛みと歩行困難を引き起こします。
本記事では、股関節脱臼の種類や原因、治療法について、飼い主の方に理解しやすいようにまとめました。当院で実際に行っている代表的な手術方法についてもご紹介いたします。


股関節のしくみと脱臼の種類

股関節は「球関節」と呼ばれ、大腿骨の先端にある骨頭(ボールの部分)が骨盤の寛骨臼(ソケットの部分)にはまり込むことで構成されています。周囲を靭帯や関節包が取り囲み、強固に支えられているため、本来は非常に安定した関節です。

しかし、大きな外力が加わった場合や先天的に関節が緩い場合には、この骨頭が寛骨臼から外れてしまうことがあります。これが「股関節脱臼」です。

脱臼の方向

股関節脱臼にはいくつかのタイプがありますが、犬や猫で特に多く見られるのは次の2種類です。
いずれも大腿骨頭靱帯が断裂してしまっています。

1. 頭背側脱臼

最も一般的なタイプで、骨頭が上方(背側)にずれてしまう状態です。

  • 原因:交通事故、ジャンプや転倒などの強い衝撃
  • 特徴:足が短く見える、外側に向いてしまう、強い痛みで足を着けない

2. 腹尾側脱臼

骨頭が内側(腹側・尾側方向)にずれる脱臼です。

  • 原因:関節の構造上の問題や特定の外力のかかり方、滑って足が開いてしまうことによる
  • 特徴:足が体の下に入り込むような形になり、歩行が困難

股関節脱臼の症状

  • 急に後ろ足を挙げたまま歩けなくなる
  • 足の長さが左右で異なるように見える
  • 強い痛みを示し、触ろうとすると嫌がる
  • 跛行(びっこを引く)

飼い主の方が「急に足を着かなくなった」と来院されるケースが多いです。レントゲン検査で確定診断を行います。


治療の考え方

股関節脱臼の治療には大きく分けて 「非観血的整復」(手術をしない方法)と 「観血的整復」(手術をする方法)があります。

選択肢は、発症からの時間、関節や靭帯の損傷の程度、犬・猫の年齢や体重、飼い主の生活環境などを考慮して決定します。


非観血的整復(手術をしない方法)

方法

  • 全身麻酔下で、外れた骨頭を元の寛骨臼にはめ込む処置を行います。
  • 整復後は特殊なバンデージ(エマースリングや足かせ包帯)で股関節を一定期間固定します。

メリット

  • 体への負担が少ない
  • 手術に比べ費用が抑えられる

デメリット

  • 再脱臼のリスクが50%と高い(特に大型犬や活発な犬)
  • 発症から時間が経過すると整復が困難になる
  • 固定した包帯により皮膚損傷(かぶれ)が起きやすい

手術による治療(観血的整復)

手術は再脱臼のリスクを大幅に下げ、関節の安定性を取り戻す方法です。当院で行っている代表的な手術方法を2つご紹介します。

1. 大腿骨頭頸切除術(FHNE:Femoral Head and Neck Excision)

方法

大腿骨の骨頭部分を切除してしまう手術です。関節としての「ボールとソケット」の構造は失われますが、周囲の筋肉や結合組織がクッションのように働き、「偽関節」と呼ばれる新しい関節機能を形成します。

特徴

  • 特に小型犬や猫に適応
  • 痛みの軽減効果が高い
  • 関節の安定性も得られる

メリット

  • 再脱臼の心配がない
  • 比較的短い手術時間で済む

デメリット

  • 完全に正常な関節の動きは戻らない
  • リハビリをきちんと行わないと可動域が制限される
  • 神経質な性格の犬(柴やトイプードル)では疼痛症状が顕著に見られやすい

2. トグルピン法(Toggle Pin法)

方法

人工靭帯を用いて、関節の中心部(大腿骨頭靭帯に相当する部位)を人工的に再建する手術です。骨盤の寛骨臼に小さな穴を開け、特殊なピンを通して大腿骨頭に固定することで、骨頭が再び安定するようにします。

特徴

  • 本来の関節構造をできるだけ保ちながら脱臼を防ぐ
  • 中~大型犬でも適応できる

メリット

  • 元々の靭帯を再建するため自然な状態に近く、関節機能を残しやすい
  • 再脱臼率が低い

デメリット

  • 手術技術が高度で専門性が必要
  • 股関節形状が病的な場合(股関節形成不全・大腿骨頭壊死症)は適応外
  • 術後の安静管理やリハビリが不可欠
  • 経年劣化して人工靭帯が断裂する可能性がある

術後の管理とリハビリ

手術後は痛み止めや抗炎症薬を使用し、安静を保ちます。その後、徐々にリハビリを行うことで筋肉を回復させ、関節の可動域を広げていきます。

  • 術後1〜2週間:ケージレスト、安静
  • 術後3〜4週間:短時間のリード歩行開始
  • 1〜2か月後:徐々に運動量を増やす

飼い主の方の協力が、治療成績を大きく左右します。


まとめ

股関節脱臼は犬・猫にとって強い痛みと生活の質の低下をもたらす病気です。

  • 非観血的整復は発症直後で損傷が軽度のときに有効
  • 再脱臼を防ぐためには手術が推奨されるケースが多い
  • 手術法には「骨頭切除術」と「トグルピン法」が代表的

もし愛犬が急に足を着けなくなった場合は、早めに動物病院を受診してください。早期治療が、その後の生活の質を大きく左右します。


トグルピン法を行っている病院はあまり多くないのですが、関節機能をほぼ正常に取り戻せますので当院では第一にお勧めしています。
治療方針や費用、術後リハビリについても丁寧にご説明いたしますので、お気軽にお問い合わせください。