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猫のつらそうな“口内炎”、なぜ治らない?知ってほしい選択肢
はじめに
猫がご飯を食べづらそう、よだれや口臭がある、顔をこすったり痛そうにしている……。そんなとき、一般的には「歯石取り」「抜歯」「抗生物質・消炎薬」辺りがまず検討されますが、なかなか改善しないケースも少なくありません。特に、慢性かつ広範囲に口腔粘膜・歯肉・頬粘膜に炎症が及ぶ「猫慢性歯肉口内炎」では、治療計画が非常に難しくなる傾向があります。
当院でも毎日のように歯科処置を行っているのですが、期待した通りの改善が得られないことももちろんあります。
今回は口内炎で苦しむ猫の飼い主様向けにまとめました。(若干専門的な言葉が多いので、よくわからなかったら病院にいらした時に直接聞いてください)。
ピア動物医療センターは横浜市鶴見区にあり、年中無休で診察しております。近くにお住まいで治療で悩まれている方はお気軽にご相談ください。
目次
口内炎とは何か?なぜ「治りにくい」のか
定義と病態
- 歯肉/頬粘膜/口蓋・舌/時には咽頭まで、歯肉炎以上に“粘膜炎/びらん・潰瘍・増殖性病変”を伴う口腔内疾患。
- 本疾患は「歯石だけ」「歯肉だけ」の問題ではなく、全身・免疫反応・ウイルス・口腔内細菌群など多因子が絡むとされ、つまり単純な歯科処置だけでは治りにくい構造を持ちます。
- 免疫介在性の機序が強く、慢性感染(特にウイルス)・口腔内微生物叢の多様性が高い症例で難治性を示します。

診断のポイント
- 臨床徴候として:口臭(悪臭)、よだれ、はぎしり、食欲低下・軟食化・体重減少、顔を触られるのを嫌がる、毛づくろいができず被毛が乱れる、片側または両側の頬をこする仕草など。
- 口腔内所見:口の中の至る所に赤紅〜紫色のびらん・潰瘍・増殖性病変。歯周病、歯根吸収があることも多い。
- 診断を確定するために必要な検査としては…
- 歯科レントゲン撮影(歯根・顎骨・吸収病変確認)
- 血液・生化学検査(全身状態把握、ウイルスチェック〈FIV, FeLV〉)
- 増殖部位の生検や細菌培養・感受性検査(難治性では検討)
なぜ「治りにくい」のか?治療抵抗性の背景
- ウイルス感染:例えば 猫カリシウイルス感染症(FCV)や 猫ウイルス性鼻気管炎(FHV-1)などが本疾患に関与する可能性が報告されており、症例の約半数以上で検出された例あり。
- 免疫反応の異常:慢性的な口腔刺激(歯周病・歯石・吸収病変)に対して“過剰反応”あるいは“異常反応”を起こしている、という説。
- 口腔内細菌叢の変化:炎症部位では「細菌群の多様性が高い」ことが関連しており、通常の歯科処置だけではこの菌の異常を是正できない可能性あり。
- 部位・範囲が広い/既に慢性化:口腔粘膜全体に広く及び、長期間放置されていた症例ほど改善率が低いとされています。
- 抜歯後も残存する炎症:治療の“主力”である全歯抜歯/ほぼ全抜歯をしても、症例によっては症状が残るという報告があります。
一般的な治療アプローチ
まず、飼い主様が通常「これをやる/やった」ということが多い基本治療を整理します。そして、この後章で「それでも良くならない」場合の次の一手に移ります。
歯科処置(スケーリング・抜歯)
- 全身麻酔下での口腔内クリーニング(超音波スケーラー、ポリッシング)、歯石&プラーク除去。
- 歯根吸収病変/重度歯周病/残根・根尖病変がある歯の抜歯。多くの報告では「全抜歯またはほぼ全抜歯を行った方が成績が良い」とされています。
- 抜歯後の経過:症例によっては抜歯後数週間〜数ヶ月で痛みや口臭が改善することもあります。
- 飼い主様向けポイント:抜歯は「すべての歯を抜く(抜いても良い)=最終手段」ではなく、「可能な限り歯根病変・残根・歯周炎を残さない」ための重要なステップと捉えた方が良いです。抜歯後も口腔内ケア(ホームケア・定期検診)が必要です。
薬物・支持療法
- 鎮痛・抗炎症処置:痛みを軽減するためにはNSAIDs/オピオイド系/局所鎮痛などを併用することが基本とされています。
- 抗生物質:二次感染(歯周病・歯根周囲膿瘍・残根感染)が疑われる場合、抗生物質を併用します。細菌培養/感受性試験を行うことが望ましいですが、実際には一般に効くとされる薬を使うことが多いです。
- 抗ウイルス・免疫抑制剤/免疫調整薬:病態が“免疫介在性”であるため、ステロイド、シクロスポリン、インターフェロンなどを選択肢とする文献もあります(ただし症状緩和目的)。
- ホームケア:歯磨き、口腔内洗浄(クロルヘキシジン洗浄液)、軟食・食べやすい形態への変更、定期的な口腔チェック等。
定期チェック
- 抜歯後も定期的なチェックを欠かさないことが大事です。口腔内の再発/新たな歯根吸収/歯周病は定期検診で早期発見できます。
- 飼い主様が観察すべきサインとしては:口臭の再発/よだれ・顔をこする仕草/軟食への移行・体重変化・被毛の乱れ等。
改善しない・再発する場合の次の選択肢
ここからは「治療がうまくいかない」「良くならない/再発する」飼い主様向けに知っておきたいステップです。
抜歯の見直し/再手術
- 抜歯を行ったが症状が残っている・再発している場合、以下を再検討する必要があります:
- 抜歯の範囲が十分だったか(“ほぼ全抜歯”であったか)
- 抜歯操作後のレントゲンで歯根残存・吸収病変・顎骨病変がないか
- 抜歯時・術後ケア(口腔内洗浄、鎮痛、抗炎症、ホームケア)の徹底
- 口腔内粘膜に残る炎症の有無
- 補足:抜歯後「すぐ治った!」というわけではなく、数週間~数ヶ月単位で改善傾向をみる必要があります。また、抜歯後であっても新たに口腔粘膜に炎症が出ることがあるため「抜歯=終わり」ではなく「抜歯+モニタリング+ケア」が重要です。
免疫調整治療の本格検討
- 免疫が介在しているため、抜歯単独では完治せず、免疫系に対するアプローチが必要となる症例も多いです。
- 具体的手法としては:
- ステロイド(プレドニゾロンなど)/シクロスポリンなどの免疫抑制薬
- インターフェロン療法(例:猫インターフェロンω)などの抗ウイルス‐免疫刺激療法
- 飼い主様視点での注意点:免疫抑制療法には「副作用(感染リスク増、外部寄生虫・内分泌変化など)」がつきものです。獣医師と「効果 vs リスク」を十分に話し合ってください。
- インターベリーαという歯肉に擦り込むタイプの薬もあります。数日おきに投与しますが、家では難しいとは思いますので病院に来ていただければスタッフが投与します。

漫然とステロイド薬を投与し続けると(例えばデポメドロール注射)、医原性クッシング症候群という病気になってしまうことがあります。皮膚は脱毛し、薄く裂けやすくなり、多飲多尿・糖尿病などを併発します。
再発予防/補助的処置
- 口腔内環境(細菌・ウイルス・真菌・宿主免疫相互作用)にも注目が集まっています。
- 補助的アプローチとして:
- 口腔内洗浄を定期化
- 歯磨き・歯ブラシ・デンタルケア製品の導入
- 食事形態変更(軟食化、刺激少ない食材)・サプリメント(ただしエビデンスに乏しい)
- 多頭飼育・ストレス環境・ウイルスキャリア猫がいる家庭では、環境改善・ウイルス管理(ワクチン、キャリア猫の口腔ケア)も重要です。
- 飼い主様向け補足ポイント:抜歯・投薬で一時的に改善しても「口腔ケアをやめてしまった」「新たな歯根病変・歯石が出ていた」ケースで再発や進行を認めることが多くあります。ホームケアの継続が成否を左右します。
再生医療(当院では対応していません)
- 最近では幹細胞治療の可能性が挙げられています。
- ただし、現時点で「標準治療」となる確固たる証拠には至っておらず、「有効性はケースによる」「高額」「専門施設での実施」のハードルがあります。
- 飼い主様視点:高度治療を希望する場合は、大学病院・歯科専門クリニック・再生医療を扱う動物病院の紹介を受けて、費用・リスク・成功率を事前に確認することを強くお勧めします。
当院の患者様の中には、他院さんで幹細胞治療を行ったのに症状が改善しないという方もいらっしゃいました。口の中を見ると歯はたくさん残っており、治療時に抜歯は勧められなかったとのことでした。まず抜歯することが口内炎治療のメインですので、他の内科治療を主軸に持ってきても経過がイマイチに感じています。
よくある質問(FAQ)と飼い主へのアドバイス
まとめと飼い主向けメッセージ
- 猫の口内炎は、歯科処置だけで完治するとは限らず、多因子(ウイルス・免疫・細菌叢・環境)が絡んだ複雑な疾患です。
- まずは「歯科処置+薬物療法+ホームケア+継続フォロー」をしっかり行うことが重要です。
- 高齢の場合麻酔が怖いと思うかもしれませんが、過剰に心配する必要はありません。よほど全身状態が悪ければ流石に行いませんが、リスクよりもその後のメリットが上回るのであれば歯科処置をおすすめさせていただきます。
- それでも改善が乏しい場合、「抜歯の見直し」「免疫調整療法」「再生医療を含む先進治療」といった次のステップを、一緒に検討していきましょう。
- 飼い主さん自身が「ホームケアを継続できているか」「環境要因を除外できているか」を振り返ることが、治療成績を左右します。
- 最後に、何よりも 愛猫のQOL(生活の質)を第一に考え、「痛みを減らす」「ご飯が楽しくなる」「被毛・表情が元気になる」ことを目指して治療を継続していきましょう。
参考文献
- Soltero-Rivera M, Goldschmidt S, Arzi B. Feline chronic gingivostomatitis: current concepts in clinical management. J Feline Med Surg. 2023 Aug;25(8):1098612X231186834. doi:10.1177/1098612X231186834.
