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安定しない犬の糖尿病 どうすれば?
はじめに
犬の糖尿病と診断され、すでにインスリン治療を始めている飼い主さんの中には、
- 「インスリンを増やしているのに血糖値が安定しない」
- 「血糖曲線を取っているが、どう意味があるの?」
- 「この治療は本当に合っているのだろうか」
といった疑問や不安を感じている方も多いのではないでしょうか。
糖尿病治療は、「このインスリンをこの量で打てば必ず安定する」という単純なものではありません。
実際、獣医療の世界でも“最良のインスリンはこれ”と断言できるものは存在しません。
治療が一筋縄ではいかず、飼い主さんのQOLも低下することから、イギリスでは診断後1年以内に1/3が安楽死されるとのデータがあるようです。そのようなことは日本ではまず考えられませんが、治療をストレスに感じてしまうことは当然なのです。
本記事では、すでに糖尿病治療を始めている飼い主さんを対象に、
- なぜ血糖値は思い通りにいかないのか
- インスリン治療をどう考えればよいのか
- 「うまくいっている治療」とは何か
を、できるだけ噛み砕いて整理します。
猫の糖尿病については過去記事をご参照ください。

犬の糖尿病治療
「どのインスリンが最も優れているか」を探すよりも、
その犬、その家庭、その生活スタイルに合った“賢い選択”をすることが重要とされています
同じ糖尿病であっても、
- 体格
- 食事内容
- 活動量
- 併発疾患
- 飼い主さんの生活リズム
はすべて異なります。
したがって、治療が画一的にならないのは、むしろ自然なことなのです。
なぜ血糖値は安定しないのか
「インスリンを打っているのに血糖値が高いまま」
「ある日は低く、ある日は高い」
こうした状況は決して珍しくありません。理由はいくつもあります。
血糖値はインスリンだけで決まらない
血糖値は
- インスリン
- 食事
- 運動
- ストレス
- ホルモン
- 併発疾患
など、複数の要因の影響を同時に受けて変動しています。
たとえば、同じ量のインスリンを打っていても、
- 食事の吸収が遅れた日
- 軽い炎症や感染がある日
- 病院で強い緊張を感じた日
では、血糖の動きはまったく異なります。
インスリンの役割を「基礎」と「食後」で考える
糖尿病治療を理解するうえで重要な考え方が、
basal(基礎インスリン) と bolus(食後インスリン) です。
健康な体では何が起きているか
健康な犬では、
- 空腹時でも、常に少量のインスリンが分泌されている(basal)
- 食後には、食事に応じてインスリンが追加分泌される(bolus)
という仕組みで血糖が調節されています。

注射インスリンでは完全に再現できない
皮下に注射するインスリンでは、この自然なリズムを完全に再現することはできません。(複数種類組み合わせれば可能)
そのため、多くのインスリン製剤は、
「基礎」と「食後」の両方をある程度まとめてカバーする妥協案
として使われています。
この“ズレ”が、治療を難しく感じさせる大きな理由です。
多くのインスリン製剤は食事の時間に合わせて1日2回投与しますが、これは食後の血糖値上昇とインスリンの効果をピッタリ合わせたいからなのです。そのためには可能ならインスリン投与後60-90分後に給餌するのが良いのですが、インスリン投与と給餌を同時に行なっている場合はインスリンの作用のピークが遅れてきてしまい、高血糖→低血糖など大きくばらつくこともあります。
犬で使われるインスリンに「万能」はない
犬に使われるインスリンには、作用時間や安定性が異なるものがいくつもあります。
重要なのは、どれが一番優れているかではなく、「何を重視するか」です。
- 血糖の山を抑えたい
- 低血糖のリスクを下げたい
- 注射回数を減らしたい
- 飼い主さんの負担を軽くしたい
これらはしばしば両立しません。
そのため、治療には必ず「妥協」が含まれます。つまり上の図で示した基礎または食後インスリンのどちらかを選択することになります。
例えば、ノボリンNという中間型のインスリンは作用のピークが3-6時間となっており、食後の血糖上昇のピークより遅れることがあります。また日によってインスリン自体の効果のばらつきが出ることも知られていますので、低血糖リスクも高めることになります。
別のインスリンである超長時間作用型のトレシーバは、1日一回でよく、基礎インスリンとして効果を発揮します。その代わり食後の高血糖はある程度許容しなければなりません。
血糖値を知る方法
フルクトサミンの測定
血糖値が安定していたのかどうかを確認する簡易的な検査として、血中フルクトサミン値の測定があります。
フルクトサミンは、過去2〜3週間の平均血糖を反映しますが、
- 個体差が大きい
- 低血糖と高血糖が混在していても「平均」で隠れてしまう
といった弱点があります。
そのため近年のコンセンサスでは、特定の数値目標にこだわらないことが推奨されています。
犬の糖尿病管理に役立つフリースタイルリブレ
フリースタイルリブレ(FreeStyle Libre)は、皮下に装着したセンサーで血糖の変動を連続的に可視化できる持続血糖測定器です。
何度も採血する必要がないので、動物もヒトも負担が減ります。
犬では適応外使用となりますが、近年は糖尿病治療中の犬で
血糖の「動き」を把握する補助ツールとしてよく用いられています。

リブレが役立つ場面
フリースタイルリブレは、次のようなケースで有用です。
- インスリン治療開始時のモニターとして
- 日による血糖変動が大きい
- 夜間や留守中の低血糖が心配
- インスリンの効き方の「傾向」を知りたい
血糖値そのものより、「どの時間帯に上下しているか」を確認したい場合に向いています。
リブレのメリットと注意点
注意点
- 測定しているのは血液ではなく皮下間質液
- 急激な変動時は実際の血糖とズレることがある
- 数値に振り回されやすい
リブレは現在の血糖値が「見える」反面、気にしすぎてしまう方には注意が必要です。
飼い主さんがリブレにより逆に疲れてしまう場合(ノイローゼ気味になってしまう患者さんもいます)には中止する場合があります。
フリースタイルリブレの位置づけ
フリースタイルリブレはインスリン量を自己判断で調整するための道具ではなく、獣医師と治療方針を整理するための補助ツールと考えるのが適切です。自己判断で変えてうまくいく場合もありますが、一生つけるわけにはいきませんから、一定の量・頻度で安定するのかを知りたいのです。
血糖を「完璧に管理する」ことよりも、低血糖を避け、全体の傾向を見るために活用されます。
「効いていない」と感じたときに考えるべきこと
インスリンが「効いていない」と感じた場合、
単純に「量が足りない」とは限りません。
チェックすべきポイントには、
- 注射手技(皮下に確実に入っているか)
- 注射時間のばらつき
- 食事内容や量の変化
- 体重の増減
- 併発疾患(感染、膵炎、ホルモン疾患など)
があります。
特に、慢性的な炎症や別の病気がインスリン抵抗性を生むことは珍しくありません。
血液検査、超音波検査などを行なっておくことは大事です。
糖尿病患者で多く見られる細菌性膀胱炎は簡易的な尿検査では漏れることもあり、尿培養検査まで行う必要があります。
低血糖を避けることは重要
糖尿病治療で最も避けなければならないのは、低血糖です。
低血糖は命に関わるだけでなく、
- 体が低血糖に慣れてしまう
- 次の低血糖がより重症化しやすくなる
- ソモギー現象により血糖値が上昇して不安定になる
といった悪循環を生みます。
治療のゴールは「数値」ではなく「生活の質」
現在の考え方では、
- 元気がある
- 食欲がある
- 多飲多尿が改善している
- 飼い主さんの生活が破綻していない
ことが、治療成功の重要な指標です。
「血糖値が教科書通りであること」よりも、
犬と飼い主さんが無理なく生活できていることが優先されます。
まとめ
犬の糖尿病治療が難しく感じられるのは、飼い主さんの努力が足りないからでも、治療が間違っているからでもありません。糖尿病そのものが、「揺らぎ」を前提とした病気なのです。
大切なのは、
- 数値に振り回されすぎないこと
- 低血糖を避けること
- 犬と飼い主さんの生活を守ること
そのうえで、必要に応じて治療を見直していくことです。
ピア動物医療センターでは、糖尿病治療に悩む飼い主様のご相談も承っております。
今の治療のままでいいのかといった不安、治療にストレスを感じているなどがあればお気軽にご来院ください。

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